大阪地方裁判所 平成12年(レ)152号 判決 2000年7月24日
控訴人
井口正俊
被控訴人
藤井泰紀
主文
原判決を次のとおり変更する。
一 控訴人は、被控訴人に対し、金四万三六〇〇円及びこれに対する平成一〇年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一申立て
一 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
本件は、被控訴人が、控訴人運転の普通乗用自動車と被控訴人所有、訴外藤井浩子(以下「訴外浩子」という。)運転の普通乗用自動車が接触した事故により、被控訴人所有の普通乗用自動車につき、修理費相当の損害を被ったとして、控訴人に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
1 日時 平成一〇年八月二六日午後六時五五分ころ
2 場所 大阪府八尾市北本町一丁目三番八号先路上
3 事故車両一 普通乗用自動車(登録番号・大阪七八の八七二二、以下「控訴人車」という。)
運転者 控訴人
所有者 控訴人
4 事故車両二 普通乗用自動車(登録番号・大阪七九つ一七一八、以下「被控訴人車」という。)
運転者 訴外浩子
所有者 被控訴人
5 事故態様 別紙図面記載の東西にのびる道路(以下「本件道路」という。)から、別紙図面記載の北側道路(以下「北側道路」という。)へ後退していた控訴人車と、本件道路から右折し、北側道路へ進入しようとした被控訴人車が接触した。
二 争点
1 本件事故態様・過失相殺
(控訴人の主張)
控訴人は、控訴人車を運転して、本件道路の西から東へ向かう車線(以下「東行き車線」という。)を進行し、北側道路を少し通り過ぎた地点で、東行き車線北側に寄せて一時停止した後、方向転換するため、すぐに北側道路へ後退しようとした。控訴人は、控訴人車を運転して後退する前に東行き車線を進行する車両がないことを確認し、後退を開始してからは本件道路の東から西へ向かう車線(以下「西行き車線」という。)を進行する車両に注意を払いつつ、後部窓ガラス越しに、後方及び左右側方を確認しながら後退した。控訴人は、被控訴人車が西行き車線を進行して来たことを認めたが、被控訴人車が右折の方向指示器を点滅させていなかったため、そのまま直進すると思い、被控訴人車の動静に注意を払わなかった。その後、控訴人車が後退していた際、被控訴人車が、右折の方向指示器を点滅させずに、西行き車線から別紙図面記載のT字路(以下「本件T字路」という。)を北側道路へ大回り右折し、控訴人車の後方に回り込んで控訴人車の後退進路を妨害したため、後退中の控訴人車右後部と被控訴人車右後部が接触した。
訴外浩子は、西行き車線から本件T字路を北側道路へ右折する際には、右折の方向指示器を点滅させて合図を行うべき注意義務がある。また、訴外浩子は、西行き車線から本件T字路を北側道路へ右折する際、既に控訴人車が北側道路へ後退を開始していたのであるから、控訴人車の動静に注意を払い、本件道路センターライン南側の西行き車線内で一時停止して待機するなどして、控訴人車との接触を避けるべき義務がある。それにもかかわらず、訴外浩子は、西行き車線から本件T字路を北側道路へ右折する際、右折の方向指示器を点滅させず、また、本件道路センターライン南側の西行き車線内で一時停止して控訴人車の方向転換終了を待つことなく、西行き車線から本件T字路を北側道路へ大回り右折して控訴人車の後方に回り込み、控訴人車の後退進路を妨害した注意義務違反がある。
(被控訴人の主張)
訴外浩子は、被控訴人車を運転して、西行き車線を進行し、本件T字路を北側道路へ右折しようとしていた。被控訴人車が、本件T字路にさしかかったとき、控訴人車が、本件T字路北東角付近において、前部を南東へ向けて停車し、控訴人車後部が本件T字路にかかっていたため、被控訴人車は、そのまま西行き車線をやや進行して、控訴人車の後方を迂回する形で東行き車線上に進行し、控訴人車の右斜後方で停止した。その後間もなく、控訴人車が南東へ向かってやや前進したため、被控訴人車は、本件T字路を北側道路へ進入しようとしたが、北側道路の幅員が狭く、被控訴人車が斜めに進入するだけの十分な余裕がなかった上、通行人がいたため、北側道路入口付近で再び停止した。そのとき、控訴人車が後退してきたため、控訴人車右後部と被控訴人車右後部が接触した。
控訴人は、控訴人車を運転して後退する際には、後方及び側方等の周囲の安全を確認した上で後退すべき注意義務があるにもかかわらず、周囲の安全を確認しないまま、漫然と後退した注意義務違反がある。
また、訴外浩子は、控訴人車の動静を十分確認した上で、本件T字路を北側道路へ右折したのであるから、さらに、控訴人が、後方及び側方等の周囲の安全を確認することなく控訴人車を後退させることまで予見すべき注意義務はない。
2 本件事故と損害の発生との因果関係
(控訴人の主張)
被控訴人車右リアタイヤ左上フェンダー部分には、地上からの高さ約五七cmないし約六四cmにわたる損傷があるが、控訴人車のリアバンパーは、一番高い部分でも地上からの高さが約五七cmである。したがって、前記損傷は、本件事故により生じたものではない。
仮に、前記損傷が、本件事故により生じたものであるとしても、被控訴人車のリアバンパー取り替えは不必要であり、相当と認められる損害は、脱着修理代金一万円程度とリアバンパー脱着修理の塗装費用約三万円程度であり、したがって、被控訴人の損害は、消費税も含めて四万二〇〇〇円を超えることはない。
(被控訴人の主張)
車体はサスペンションにより容易に上下に動くものである。したがって、本件事故により、控訴人車のリアバンパーが、被控訴人車右リアタイヤ左上フェンダー部分に接触して前記損傷を生じさせることは十分有り得ることである。
また、接触当初は、控訴人車、被控訴人車双方のリアバンパー同士が接触したとしても、両車のリアバンパーの形状から見て、控訴人車のリアバンパーが、被控訴人車のリアバンパーの上にせり上がって、前記損傷を生じさせることも十分有り得ることである。
さらに、本件事故までは、被控訴人車右リアタイヤ左上フェンダーに損傷はなかったのであるから、本件事故により、前記損傷が生じたことは明らかである。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 本件事故態様及び過失相殺
前記争いのない事実、証拠(甲一ないし三、乙一の一ないし四、二の一ないし四、三の一ないし六、四の一ないし五、五の一ないし六、六ないし八、九の一、二、原審における証人訴外浩子及び原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 本件事故現場の概況
現場は、別紙図面記載のとおり、片側一車線の東西方向にのびる道路(本件道路)と、本件道路から北側にのびる道路(北側道路)が交差して、T字路(本件T字路)になっている。北側道路は、本件道路から垂直よりもやや西よりにのびる、幅員の狭い道路である。また、別紙図面記載のとおり、本件T字路東側の西行き車線は、一部幅員が広くなっている。
2 本件事故態様
控訴人は、控訴人車を運転して、東行き車線を西から東へ向かって進行し、本件T字路の手前の本件道路南側にあるスーパーはやしの前を通り過ぎたが、その後、北側道路を利用して方向転換して西行き車線に入り、スーパーはやしに向かうつもりであった。
そこで、控訴人は、控訴人車を運転して、東行き車線を進行し、本件T字路で方向転換するため、別紙図面記載<1>地点付近で、控訴人車前部を南東へ向けて一時停止した。その後、控訴人は、控訴人車を運転して、南東へ向かってやや前進して別紙図面記載<2>地点付近に至った後、すぐに北側道路へ向けて後退を開始した。控訴人は、後退を始めてからは控訴人車後方及び右側方に十分注意を払っていなかったため、被控訴人車が、控訴人車後方を北側道路に進入するべく進行していることに気づかず、別紙図面記載<3>地点付近の控訴人車右後部が、別紙図面記載<イ>地点付近に停止していた被控訴人車右側面後部に接触し、初めて被控訴人車の存在に気づき、慌て急ブレーキを踏んだ。
他方、訴外浩子は、被控訴人車を運転して、西行き車線を東から西へ向かって進行し、本件T字路を北側道路へ右折しようとしていた。
訴外浩子は、被控訴人車を運転して、本件T字路にさしかかった際、右折の方向指示器を点滅させて右折しようとしたところ、別紙図面記載<1>地点付近に、控訴人車が、前部を南東へ向けて停車しているのを発見し、控訴人車が、北側道路へ後退した上で、方向転換して西行き車線へ進行しようとしていることに気づいた。訴外浩子は、西行き車線が渋滞中であったので、その進行を妨げてはいけないと思い、西行き車線をやや進行した後、控訴人車を迂回する形で、本件T字路を大回り右折し、別紙図面記載<ア>地点付近へ進行して、同所で停止した。その後、別紙図面記載<1>地点付近で停止していた控訴人車が、南東へ向かってやや前進して別紙図面記載<2>地点付近へ移動したため、訴外浩子は、被控訴人車を運転して、北側道路へ進行するため前進したが、北側道路の幅員が狭かった上、通行人がいたため、別紙図面記載<イ>地点付近まで進行して再び停止した。そのとき、控訴人車が北側道路へ後退してきて、別紙図面記載<3>地点付近の控訴人車右後部と、別紙図面記載<イ>地点付近に停止していた被控訴人車右側面後部が接触した。
3 過失割合
以上に認定の本件事故態様に照らせば、控訴人には、控訴人車を運転して北側道路へ後退するに際しては、控訴人車の後方及び左右側方の安全確認を十分に行った上で後退すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と北側道路へ後退した過失がある。
他方、訴外浩子は、被控訴人車を運転して、本件T字路にさしかかった際、控訴人車が北側道路へ後退しようとしていることを認識していたのであるから、別紙図面記載の本件T字路東側の西行き車線の幅員が広くなっている地点で、センターラインに寄って一時停止して待機したり、クラクションで注意喚起するなどして、北側道路の安全を十分に確認してから北側道路へ右折すべきであったにもかかわらず、控訴人車の後方を迂回する形で本件T字路を大回り右折し、控訴人車の後方に進行した過失がある。
そして、本件事故は、前記の控訴人の過失と訴外浩子の過失が競合して発生したものといえるが、被控訴人車は控訴人車の後方で停止していたのであるから、控訴人が後方を確認しさえすれば、被控訴人車を発見し、これにより容易に本件事故を回避できたというべきであるので、訴外浩子の過失に比し、控訴人の過失が大きいというべきである。そして、以上によれば、本件事故の過失割合は、控訴人八割に対し訴外浩子二割と認めるのが相当である。
二 本件事故と損害の発生との因果関係
1 証拠(乙四の一ないし四、五の一ないし六、七、八)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
被控訴人車には、右リアタイヤ左上フェンダー部分の地上からの高さ約五七cmないし約六四cmの部分に、幅約七cmで、二〇cm程度の白色の擦過痕様の損傷(以下「本件損傷一」という。)が認められ、また、リアバンパー右側面からその下側部分にわたって若干の損傷(以下「本件損傷二」という。)が認められ、他方、控訴人車には、リアバンパー右角に、若干の損傷が認められる。
被控訴人車のリアバンパー右側面の一番高い部分は、地上からの高さが約五七cmであり、他方、控訴人車のリアバンパー右角の一番高い部分は、地上からの高さが約五七cmである。
以上の各事実からすれば、本件事故により本件損傷一が生じるためには、控訴人車のリアバンパーが、約七cm上方に移動して、被控訴人車の右リアタイヤ左上フェシダー部分に接触することが必要であると認められるので、以下、この点につき検討する。
2 被控訴人は、控訴人がアクセルを踏んで控訴人車を後退させたため、控訴人車のサスペンションにより控訴人車の車体が浮いて、また、控訴人車のリアバンパーがせり上がって、本件損傷一が生じた旨の主張をし、訴外浩子はこれに沿う供述をする。
しかし、控訴人がアクセルを踏んだことを認めるに足りる客観的証拠はない。
かえって、控訴人車は低速で後退していたし、被控訴人車は停止していたのであるから、これらの車両の接触により、控訴人車のリアバンパーが、約七cm上方に移動して、被控訴人車の右リアタイヤ左上フェンダー部分を水平方向に擦過したとは考えがたい。また、控訴人車、被控訴人車とも、相手方車両の塗装痕の付着など加害車両を特定するための痕跡が残っているわけでもない。
したがって、控訴人車が約七cmも上方に移動して被控訴人車と接触し、本件損傷一を生じさせたことを裏付ける証拠は十分でなく、したがって、本件事故により被控訴人車に生じた損傷は、本件損傷二のみであり、本件事故と本件損傷一の発生との間の因果関係を認めることはできない。
三 被控訴人の損害 四万三六〇〇円
1 修理費 四万二〇〇〇円
前記二のとおり、本件事故により被控訴人車に生じた損傷は、リアバンパー右側面からその下側部分にわたる若干の損傷(本件損傷二)のみである。そして、見積書(甲四)によれば、株式会社マツダアンフィニ大阪八尾店は、平成一〇年一〇月二九日に、被控訴人車の修理費として合計一二万八四四七円(消費税含む。)を要するとの見積もりをしたことが認められるが、右見積額は、本件損傷二以外の他の損傷も含めた修理費見積もりであるので、直ちにその額を被控訴人車の損害と認めることはできないところ、証拠(乙五の一ないし六)及び弁論の全趣旨によれば、本件損傷二の損傷の程度は極めて軽微であるので、同損傷二の修理費としては、控え目に見積もり、四万二〇〇〇円(消費税含む。)と認めるのが相当である。
2 過失相殺後の修理費 三万三六〇〇円
三に認定した損害額に、前記認定の訴外浩子の過失割合二割の過失相殺を行うと、被控訴人の損害は三万三六〇〇円と認められる。
3 弁護士費用 一万円
本件の審理経過及び認容額等に照らせば、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用は一万円と認められる。
第四結論
以上のとおり、被控訴人の請求は、控訴人に対し、四万三六〇〇円及びこれに対する本件事故日である平成一〇年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するべく、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。
よって、原判決を変更し、主文のとおり判決する。
(裁判官 中路義彦 齋藤清文 池田知史)
(別紙)